TRONプロジェクト30年の歩み

TRONプロジェクトの30

未来を創るために

情報科学はコンピュータの発展と供に急速に成長し、1960年代には大学の学部教育でも重要視され一つのジャンルとなっていた。しかし21世紀も近くなってくるとその見直しが行われ、東京大学も2000年には情報関係学部の再構成が行われた。その流れで誕生したのが東京大学大学院情報学環――情報があらゆる分野に影響を与え環となって分野を結ぶという文理融合型の新しい組織である。

私も誕生と同時にこの新しい組織に移り、2005年にはユビキタス・コンピューティングの研究を専門で行う「総合分析情報学」という分野を立ち上げ責任者となった。

しかし国立大学も独立法人化し、新しいことをやるからといって研究予算が自動的に与えられる状況でない。長らく仮設建物で研究を続けていた。2010年、大和ハウス工業の樋口会長にお会いしてユビキタスの研究の重要性や現状をお話しすると、研究環境の不十分さに対して援助のお申し出をいただいた。これはうれしかった。そして2014年の5月に誕生したのが「ダイワユビキタス学術研究館」である。

建築デザインは同じ大学の工学部建築科の隈研吾さんに頼んだが、私が全体プロデュースを行い、建物自体を最新のユビキタス・コンピューティング実験環境とした。あらゆる設備はネットワークにつながっており、スマホなどを持っている人の位置に応じた制御が可能。建物自体ならびに周辺の状態を知るためのセンサーも随所に仕掛けられ、学生がこの建物を教材として使い、自由な発想を展開できる場になっているのだ。

TRONプロジェクト誕生から今年は30年の節目。この30年の日本はまさに激動の時代だった。追いつき追い越せで一時は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われるところまで上り詰める。しかし、成熟とともに停滞が社会を襲い、いま日本は極端な少子高齢社会を迎えようとしている。

いま、さらなるイノベーションにより現状を打開していくのはいうまでもなく若者。そのチャレンジは、昔に比べればはるかに容易だ。新しいサービスのアイデアさえあれば、スマホのアプリの形にし、世界中に配信することも簡単にできる。ダイワユビキタス研究館のような環境なら、アプリだけで環境を自由に調整できる。しかし、この恵まれた時代を活かすにはプログラミングの素養が必須。

欧米がプログラミングを義務教育に入れようとしているのは、職業プログラマの増員目的というのではない。どんな人生を送るにしろ、プログラミングの力が「読み書き算数」と同様に人々の助けになる――そういう未来が見えてきたからだ。「読み書き算数」の基礎教養で国民全体のレベルが高いことが、資源のない日本の大きな強みだった。しかしこの新しい素養について日本は大きく遅れをとっている。TRONプロジェクトが目指すユビキタス環境が実現したとしても、それを最大限活かしてもらえるには、一般の人々のプログラミングの素養が鍵になる。この分野のテコ入れを、TRONプロジェクトとしても大いに働きかけていきたいといま、考えている。

TRONWARE VOL.150より再録