TRONプロジェクト30周年特別対談

井上 あまね 氏
株式会社ソシオネクスト 代表取締役社長 兼 COO
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坂村 健
TRONプロジェクトリーダー
 

坂村 まず新会社「ソシオネクスト」の発足おめでとうございます。

井上 ありがとうございます。坂村先生、ITU150周年賞の受賞おめでとうございます。技術者としても非常に誇りに思っておりますし、先生の長年の活動が世界的にも認められたということで、大変喜ばしく思っております。

坂村 ありがとうございます! まずこの「ソシオネクスト」という会社名の由来や設立経緯を、社長からご説明いただきたいと思います。

井上 「ソシオネクスト(Socionext)」の中には、いくつかのメッセージを込めております。技術で次の時代の社会に貢献したいということで、ラテン語の「社会」を意味する「Socio」と、ネクストジェネレーションの「Next」の組合せをベースにしております。また「Socio」の部分には、SoC(System on Chip)を取り入れております。注力していく分野がイメージングとオプティカルネットワークということで、この二つのイニシャルからI、Oを含めて「SoC」「I」「O」としております。また富士通とパナソニックのメンバーが一つになってナンバー・ワンを狙うということで、「ONE」という言葉も取り入れております。そして次世代に広がっていこう、という意味を込めて「EXTension」。こういった気持ちを込めた新しい会社の名前になっております。

坂村 そういう想いが込められてる社名なんですね。会社の規模はどのくらいですか?

井上 総人数が約2,600人あまり、技術者がそのうち2,200人くらいです。元富士通が約2,000名で、元パナソニックが約600名くらいで構成されております。

坂村 エンジニアの方は全部SoC関係なんですか?

井上 パナソニックからは「UniPhier(ユニフィエ)」というテレビのエンジンを作っていた方々とWiGigの設計をされていた方々が来ております。富士通からは、光ネットワーク、画像、グラフィックディスプレイコントローラ、カスタムSoCと言われるいわゆるASIC、ハイエンドのスーパーコンピュータやサーバ関係のエンジニア、コネクテッドと言われている画像の圧縮技術とそれをつなぐ技術のメンバーが来ております。

坂村 もともと富士通さんとパナソニックさんのSoC事業には、共通点があったのでしょうか?

井上 画像という点では共通点があったのですけども、完全にバッティングしている領域はチューナー関係のICだけで、あとはコンプリメンタリな関係でした。

坂村 そういうことで合併効果が出ると経営判断なさったんですね。

井上 より一層画像を作り込むところ、つなぐところ、表現するところ、こういったところにシナジーの効果を出していこうと思っております。また画像を転送するためには光ネットワークが必要です。その二つを軸に伸ばしていきたいと思っております。

坂村 富士通とパナソニックは、歴史的にいろいろと協業をやってる会社だと思いますが、企業文化は似てるんですか?

 

井上 富士通はどちらかというと東の文化ですね。パナソニックはどちらかというと西の文化ということで、東と西の違いはあります。けれども、どちらも半導体のエンジニアであるということで似通った価値観、言葉、悩みも抱えているので、本当に違う会社なのかな?というくらい意外と相性が良いと思います。

坂村 合併して総売上はどのくらいに?

井上 大体1,500億ぐらいになります。

坂村 今SoCで世界ナンバー・ワンというと、どちらの会社でしょう?

井上 「SoC」をどう定義するかにもよると思いますが、ASSP(Application Specific Standard Product)またはASICを事業の中心にしている企業の中ではQualcommが売り上げではナンバー・ワンでしょう。ただASSPとASICを両方やっている会社はほとんどないのでその点では当社は世界でも珍しいですね。
QualcommやNVIDIAといったような大きい会社はどちらかというとASSPの会社ですので、そういうところとはちょっと違うかなという感じですね。

坂村 いきなり核心的なお話になりますが、戦略的にはどの辺りの分野を強化したいと思っておられますか?

HEVCエンコードLSI MB86M31
HEVCデコードLSI MN2WS03101A

井上 ひとつは、光ネットワークがこれから100Gbps、200Gbps、400Gbps、1Tbpsという時代になっていきますので、われわれの強みのA/D変換、それからSerDesと言われている高速インタフェース技術を使った光ネットワークはぜひ注力していきたいと思っております。
もう一つの柱であるビジュアル関係では、最近のH.265 / HEVCと言われている高画像の圧縮技術が一つ。その画像の圧縮とデコード技術、グラフィックディスプレイコントローラ、テレビ関係技術のアプリケーションチップ。それから、昔からわれわれが強いカメラ関係のISP(Image Signal Processor)の領域も注力していきたいと思っております。

坂村 イメージプロセッサは今は専門のカメラだけじゃなくてスマホの中にも入っているとか、また最近クルマ関係でも画像技術を取り入れて、後方をモニターするとか、クルマの全周を見る技術とか、その辺りは進化してますね。

井上 イメージプロセッサの「Milbeaut(ミルビュー)」やグラフィックディスプレイコントローラ、カスタムSoCの中には、先生が提唱されたTRONが入っており、累計ですでに4億個以上出荷しております。こういった画像関係の要求はこれからも増えていきますので、ここの市場は伸びると思っております。

坂村 画像関係は非常に重要で、これから自動走行が実用化されていくと画像認識で周辺のものを判断する技術にはより力が入ってくると思うんですけど。

井上 いわゆるADAS(Advanced Driving Assistant System)と呼ばれている領域ですね。この領域ではセンサーから送られてくる信号をどう処理していくか、それらに組み込まれる危険物検知や白線検知といった画像処理技術ですね。それからたとえば霧がかかってるものをよく見えるようにしたり、暗視コントラストといったところを高めたり。クルマだけでなくて、いわゆるCCカメラ(Closed Circuitカメラ)と言われてるセキュリティ領域でも伸びが感じられます。
こういった領域にもTRONのリアルタイム技術が使われています。

坂村 将来市場として特に大きいのは自動走行ですよね。白線などの認識や、それを天候や日夜を問わず実現する画像認識のテクノロジーは、安全のために重要だと思います。

井上 ADASが発展していくと同時により一層、Infotainment(Information + Entertainment)という要求も出てくると思います。その両面に向かってわれわれの技術で、会社のサブタイトルにもなっている「for better quality of experience」、社会の人々に対してリッチな経験を与えられるような貢献ができればな、と思っております。

坂村 自動車だけではなく、世界全体が今IoT(Internet of Things)化していて、インディペンデント、クローズなシステムから、ネットワーク接続型に大きく変わろうとしている。自動車の中もネットでつながっているし、自動車同士もネットにつながるし、IoT化は進んでいきます。

井上 そういったときには、やはりセキュリティとかAuthenticationがシステムの中で重要になってくると思いますので、そこにもソリューションをご提示できるように準備していこうと思っております。

坂村 セキュリティ関係の技術ではどういったものが?

井上 われわれは半導体を提供していますので、チップ自体がアクティブなサイドチャネルのアタックなんかに対抗できるような、アクティブシールドといった技術。回路のレイアウトのやり方、クリプト回路の使い方、それからOSを含めたシステム全体でのセキュリティ。こういったものも今後重要になってくると思いますので、パートナー企業の方々と強く進めていきたいと思っております。

坂村 昔と違ってLSIが単なるハードウェアだけではなくて、その上に乗ってるオペレーティング・システムとか、ミドルウェア、アプリケーションとの連携とか、ネットワークサポート機能とか、いろんなものが入って複雑になっていることもあり、なかなかこの分野は新規に参入できるものじゃないですね。そういう意味でも、日本に限らず世界の半導体業界の再編が進んでいるわけですが。

井上 確かに最近ですとNXPによるフリースケール買収。それからAvagoが、数年前にLSIロジック、今度はBroadcomと一緒になって。つい先ごろですとIntelがAlteraをといったものすごく大きな再編が出てきていると思います。規模もさることながらAvagoとBroadcomの場合ですと、ASSPに強かったところと、ASICもできるところが一緒になることによって、提案の幅が広がってくると思います。ただ一方で、市場はモノポリーされることを嫌いますので、そういった大きな統合・再編の中で、われわれの立ち位置で逆にチャンスも生まれてくるんじゃないかということで、日本の半導体として世界的にもプレゼンスを発揮できるように頑張っていきたいと思っております。

坂村 そういう意気込みで、世界戦略としてはどのように?

井上 われわれのOTN(光ネットワーク)事業部は、イギリスのメイデンヘッドに拠点を置いております。ハイパフォーマンスASIC関係の拠点はアメリカのサンノゼに。それ以外に中国には大掛かりなサポート部隊と営業部隊を置いておりますので、アジアとヨーロッパとアメリカの三拠点において大きく伸ばそうとしております。ヨーロッパの拠点はイギリス以外にも、ドイツのミュンヘンに昔からオートモーティブ関係に非常に強い部隊を、また新しく開発の部隊をブラウンシュヴァイクに、それからオーストリアのリンツ、HQをフランクフルトに置いております。

坂村 開発拠点は世界に何ヶ所?

井上 現在はヨーロッパが5ヶ所、先に申しましたイギリスのメイデンヘッド、ドイツのフランクフルトとブラウンシュヴァイク、ミュンヘン、オーストリアのリンツです。中国はテクニカルなサポート部隊を上海の一部、香港、深圳です。あと台湾に置いております。アメリカはサンノゼとテネシーです。

坂村 日本はどうなっていますか?

井上 日本は北は仙台。新横浜。名古屋の高蔵寺。大阪。それから京都の拠点になっております。

モバイル超音波ソリューション viewphii

坂村 けっこうあるんですね。
社長とは私長いお付き合いさせていただいてるんですけど、今日見せていただいた「viewphii(ビューフィー)」は、今までの製品とは違ってどちらかというとコンシューマ向けで、チャレンジですよね。

井上 「viewphii」はご家庭でもリアル映像が見られる小型の超音波検査装置で、チューナ関係の商品で使っているOFDMという電波の技術を基にして、超音波を分析するためのアナログのスイッチ、AD変換、SN比を除去するスクリーン技術といった技術を持ち合わせて一つのソリューションとして提供するというプロジェクトでした。従来ですとB2B、特にプロシューマー向けの商品が多かったのですけども、こういった具体的な商品も、データの解析や利用法の提案と併せて新しいチャレンジとして出していきたいと思っております。

坂村 今までおやりになってたビジネスモデルはB2Bですよね。これはもう一歩踏み込んできたかな、という感じです。

井上 B2B2Cです。

坂村 しかも使う方からするとクラウド連携ですよね。その辺もこれまでやってなかった新たな部分だと思いますが。

井上 今回の新会社の最大のポイントの一つは、ファブレスでスタートしていることです。従来ですとファブのローディングを考えて、自分たちの半導体をいかにたくさん作るかに重きを置いていたのですけれども、これからはお客様の商品の中でIPとして使われても構わないですし、こういったソリューションへの提案もできるので、ファブレスの会社としてモビリティを上げて動くことができることの一つかと思っております。

坂村 富士通、パナソニック時代のファブどうなったんですか?

井上 富士通の三重、会津若松のファブはそれぞれ独立の会社になりまして、われわれから見るとファウンドリ先になっております。パナソニックさんの北陸3工場もやはり同じような形で、ファウンドリのパートナー企業ということになっております。

坂村 そのファウンドリ先の会社は、逆に言うと世界中のお客さんの半導体を製造する形になるんですか?

井上 そうです。

坂村 今までの日本のモデルは、随分長い間いわゆる垂直統合でしたが、いよいよ水平分業になってきたわけですね。やはり世界的に見てその形態じゃないと難しいですか?

井上 やはり工場は工場でファブが最適にローディングできなくてはいけないですし、設計の方はより一層尖ったアプリケーションを作っていかなくてはいけない。シリコンサイクルの波も合わせ込んでこの二つがマッチしないと経営が難しくなってきているわけで、お互いにより良いパートナーを求め合った形となっております。

坂村 もう垂直的にやるところはなくなってしまうのでしょうか?

井上 40nm以降、28nm以降になりますと半導体設備の値段が高くなって、一つの会社が数少ないアプリケーションで設備投資を支えていくのは難しくなってきております。そういう意味では、ファブはファブで特化し、デザインはデザインで特化していくことは一つの解ではないかなと思っております。

坂村 今のところ御社は日本の中のファブでの製造が多いのですか?

井上 今は大体7割くらいが国内、3割くらいが海外といった比率になっております。ただ、テクノロジー・ノードが28nm以降の商品は、海外のファブしかありませんので、この比率は徐々に変わっていくと思っております。

坂村 日本のファブはどうなってしまうのでしょう?

井上 日本の基盤のテクノロジは、それなりに特別な技術、たとえば不揮発性メモリ、高耐圧トランジスタといったものを持っておりますので、付加価値の高い特別なテクノロジで存在を示していくのではないと思っております。

坂村 なるほど。やはりメリハリを付けて尖ったところがないとこれからの世界で生きていくのは大変ですよね。

井上 難しいです。

坂村 TRONは30年ほど前から、ずっとオープン・アーキテクチャを主張していましたが、今いろんな分野でオープン化が進んでいます。われわれはソースコードのオープン化からまず始めましたが、最近ではオープンデータが出てきて、さらにオープンAPIといって、プロダクトのAPIを公開して、みんなが連結、連携してマッシュアップができる世界を目指しています。

井上 T-Engineフォーラムの時代から私も富士通の一員として活動に参加させていただいておりました。トロンフォーラムに名称が変わりましたが、このオープンIoTの活動は、このオープンな市場で戦っていく上で社会に対する貢献度も高いと思いますので、積極的に参加させていただければと思います。

坂村 ソシオネクストは社名からも未来を開拓してくイメージがありますが、これから先、この分野はどのようになっていくと予想されていて、またどういうポジションをゲットしたいのかを伺いたいのですけど。

井上 先日出版された坂村先生監修の本にもいろいろ語られておられましたが、われわれが目指している二つの両輪である高解像度画像の圧縮技術、それからそれを転送する技術。30年以上前に、私が最初に太平洋を横断する海底光ケーブルの中継器のICの開発に従事した当時、伝送スピードは64Mbpsでした。現在4K画像の伝送に8Gbpsくらいかかるんですが、H.265 / HEVCの技術で圧縮すると、2M~32Mbpsくらいまで圧縮することができます。すると30年以上前の技術でも、2本分の画像が送れるわけです。光ネットワークの伝送スピードは100Gbps、200Gbps、400Gbps、1Tbpsと増えていきますから、非常にたくさんの画像が送れるようになると思います。そうなると、ディスプレイ技術を使って、たとえばMixed Realityで遠くにいる家族と一緒にいるような雰囲気を作ったり、遠隔医療とか、本当につい先ごろまでは夢だったことが、画像やネットワークの世界で可能になってくるんではないかと思います。そういうところでわれわれの技術が社会の人々に貢献できるのではと願っております。

坂村 遠隔医療も昔から可能性があると言われてたんですけど、最近の8K画像を見ると、対面診療をしなくてもかなりのことができると思えます。しかもすべてのモノがネットにつながってくると、いわゆる遠隔手術や、ロボットを使った診療といった新しいやりかたが、世界的にも医療水準の偏りの是正とか、日本の中の医療問題の解決にもなるのではないかと思っています。

井上 手術のマニピュレーションといったものも、これから進んでいくと思います。ただ、裏腹でセキュリティやAuthenticationの問題もありますので、そういったところも含めて、われわれの技術で解決策を提案していければと思っております。

坂村 今言われている未来、たとえば自動走行自動車、ドローン、遠隔手術、それから遠隔教育といったあらゆるところのベースにソシオネクストのテクノロジーが役に立つと思うのですけど、そういう新しい社会を作ってくためにはテクノロジーだけでは駄目で、それに相応しいレギュレーションとか、社会の運営の仕方、さらには人々の意識とか、そういうことにも目を向けて、社会運動を起こしていかないといけないと考えています。そういったところも一緒にやっていただけたらな、と思います。

井上 われわれも「Socio」、「社会」という名前をつけさせていただいておりますので、ぜひそういったところも含めて引き続きご指導お願いいたします。

TRONWARE VOL.154より再録