TRONプロジェクト30周年特別対談

横田 善和 氏
ルネサス エレクトロニクス株式会社 執行役員常務 第二ソリューション事業本部長
大村 隆司 氏
ルネサス エレクトロニクス株式会社 執行役員常務 第一ソリューション事業本部長
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坂村 健
TRONプロジェクトリーダー

坂村 常日頃ルネサスさんにはいろいろとご協力をいただき、いまでもT-Kernelのワーキンググループにもご参加いただくなど、非常にお世話になっています。おかげさまでTRONプロジェクトもちょうど30周年。組込みの世界では大きな勢力となり、世界中で250ほどの組織にT-Engineフォーラムに参加していただいています。T-Kernel、最近ではASEAN、インド、驚くことにアフリカでも使われるようになってきました。
ルネサスの母体となったのは日立さんと三菱さんで、そこにNECさんが加わった。日立や三菱はTRONに深く関わっていただいた会社ですし、もちろんNECもITRONに深く関わっていただいていた会社なので、ルネサス エレクトロニクスになって4年目と、まだ新しい会社なのですが、実はTRONとの関わりあいは古いわけで――その辺を整理するためにルネサスはいまどうなっているのか、TRONとの関わりをお話いただきたいと思います。

大村 改めまして30周年おめでとうございます。私も入社が84年なんですね。思い起こせばTRONがスタートしたあの当時は本当に組込み系の旗頭でしたよね。エース級を全員集中して各社でTRON仕様のマイコンを作るというGmicroプロジェクトを始めて、三菱はGmicro100、日立はGmicro200と、シェアしながらスタートしたのを思い出します。それが、三菱であればM16やM32Rなどに使われて、今日の組込み系の資産、いまの当社のマイコンの基盤になってきたと。おかげさまで世界ナンバー1のマイコン会社の礎になっていると思っています。

Gmicro100
Gmicro200

坂村 最初のGmicroが出てきたのはちょうど1980年代のおしまいの方ですかね。84年からプロジェクトを始めて、まったく何もなかったところから5年も経たないで新しい32bitの独自のチップを作り上げた開発の速度とかパワーは、それからの日本の半導体の――特にマイクロエレクトロニクスに与えた影響は非常に大きかったのではないかと思います。TRONチップという、独自のものを作ったという経験と自信が資産にもなったのではないかと思うんです。

横田 私は日立出身で83年入社です。マイコンでもグラフィック系のペリフェラルの方に入ったのですが、同じマイコン設計部の中で、隣でTRONチップを設計していましてね。日立はGmicro200と500をやっていて横から見ていて、すごいチップができているなと感じましたね。

坂村 いまから振り返ってみると、TRONチップの作り方というのは、まずISPのアーキテクチャを決めて、あとはインプリメントで戦ってもらうという――ARMがいままさにやっているやり方ですよね。いまは、ARM本社が基本のアーキテクチャを作ったものを、ルネサスさんを含む各社が作っているわけですから。TRONもそういう世界を作り上げようとしたのですが、時代背景があって、三菱電機と日立と富士通の三社と私で考えが一部合わないところもありました。
80年代に日米の貿易摩擦が問題になって、IBM互換を作るのと同じようなやり方でマイクロチップを作るのは良くないという議論が起きました。日立の金原取締役を中心として、「1社だけでマイコンのアーキテクチャをやると、これから重要になるソフトウェア資産がバラバラになってうまくいかない。グループ化していかないと」――ということで、何とかグループ化しようと三菱とか富士通とかいろいろな会社を回ってくださって、ISPはグループで標準化して各社はインプリメンテーションで戦おう、と言っていただいたんです。その後、富士通の山本社長がトロン協会の会長になられたので、富士通にも入っていただきました。
それがなぜARMのようにならず、いまTRONチップがないかというと――ちょうどそのときIntelが伸びていた時期で、周辺チップがかなりIntelのものがたくさんあったんです。で、NECさんがIntelとアーキテクチャで揉めていたから、ISPを同じものにするのは不可能に近い状況になっていたのですが、新しいアーキテクチャのマイコンを出すにしても周辺チップまで揃えるのは大変なので、その辺は使えるようにしようと。なぜなら「これからは大型コンピュータでなく、マイコンの時代だ」と言って――しかし、いまでも覚えているのですけど、日立と富士通から「先生、これを使ってIBM互換機の下位機種を作るんだから」と言われまして(笑)。いまだったらエンディアンは簡単に切り替えられるので問題にならないのですが、その当時はCPU設計で最初の大きな分かれ道としてエンディアン問題がありました。僕はIntelと同じリトルエンディアンにすべきだと言ったんですね。そしたらIBMはビッグエンディアンだからとか、コンパイラを作るときにまずはCOBOLから作りたいので十進演算命令がどうしても必要だとか…。そういうことをたくさん思い出しますね(笑)。

横田 当時日立はメインフレームが全盛のときでしたね。

坂村 確かに全盛で、Mシリーズは大成功だったから逆にそうなってしまったんですよね。

横田 80年代はメインフレームが主流だったので、そこに引っ張られたのが当然ありましたよね。いまのようなクラウドやパソコンの時代でなかったので。

坂村 IoTもないし、自動車の中にもマイコンは入ってなかったし(笑)。

大村 思えば、早過ぎたという…。

坂村 まぁ、日立とか三菱電機もマイコンをやってなかったわけではないんだけど、一番の稼ぎ頭だったのは大型計算機だったんですよね(笑)。

横田 もう一番高く買っていただいて。

坂村 そういうことで、COBOLコンパイラも作ったんですよ。Mシリーズの下位機種を作るための部品なのにCOBOLが動かなかったらどうするのということになってしまって。そのとき僕はベル研究所に行ったりして、これからはUNIXではないかと思ったので、情報処理関係の人に言ったのですが、それも受けなかったですね(笑)。「まずIBMのOSを載せる」「先生の言っているパーソナルコンピュータ、個人がひとりでコンピュータを持つというのは考えられない」「そうなったとしても、それはIBM互換機だ」と言われて(笑)、押し切られてしまった。私の力不足でした。
まぁそういうことがあってTRONチップの流れは途切れるのですが…。その後、三菱電機さんはわりとTRONチップに近いM16で組込み系をやっていただいたり、日立もSHをやりましたよね。

横田 そうですね。SHは成功しましたよね、組込みで。

坂村 IBM互換機を作らなくなってやっとマイコンの本来の目的に合ったものを取り入れていくようになったのですが、よく見るとアーキテクチャのルーツ的にTRONのチップと似てるところがけっこうあるんですよね。

横田 やっている人間が同じですから(笑)。
アーキテクチャの考え方は引っ張られますよね。

坂村 当然ビッグエンディアンをやめるとかになってくるんですよね。TRONチップはビッグエンディアンのIBM互換機を作るための機能がすべて入っていたのですが、思ったとおりそういうものがきれいになくなって、マイコンの方にシフトしていった。その時にARMのようにならなかったのが残念だと思います。せっかく結束したんだから、ずっと続けていけば違ったと思うのですが、バラバラに分かれてやることになってしまった。そうすると100%マーケットを取ることはできないから、メーカーごとにユーザ囲い込みの競争になる。ユーザから見た場合には、マイコンはその時のコストパフォーマンスで替えてしまってもアプリケーションプログラムはできれば変えたくないよね――と思うとメーカーに囲い込まれないARMがいいということになってしまいますよね。まさにTRONチップでやろうとしたことなんですけどね(笑)。
最近はどういうことに力を入れておられますか? やはり車ですか?






横田 大村は車をやっていて、私は車以外のところをやっているのですが、注力しているところはIoT――いまはネットワークインフラ系、産業系に近いところをやっていこうと。やはりスマートフォンとかその辺の変化が激しいところはなかなか難しいということで、むしろそれだったらわれわれの得意分野である産業系やネットワーク系の基幹のところを強化していこうかと。
そういうことを考えますと、従来からのリアルタイム性をむしろさらに極めて、強みになっていくのではないかなと私は思っています。

坂村 なるほど。具体的応用としては通信機?

横田 そうですね。リアルタイム性が非常に強みになっていると思っていますので、最近ではR-IN(アールイン)というインダストリー用のEthernetコントローラに力を入れていて、かなりお客様の評判がいいです。複数の産業機器のものをリアルタイムに動かすようなところを特徴としているデバイスですし。

坂村 通信制御用の?

横田 そうですね。Ethernetがありまして、例えばファクトリーで複数の機械やロボットを同時にリアルタイム性を持って動かすということになってきますと、いままで以上にリアルタイム性が求められることになってきますよね。ハードウェアでも工夫しますけれども、そういうところでTRONが――さらなるリアルタイム性が、われわれの強みになってくるのではないかと思っています。

坂村 OSは一貫してITRONやT-Kernel、µT-Kernelを使っていただいているので、リアルタイム性の強いところには最適ではないかと思います。

横田 その点がますます重要になってきているなということと、最近はIoTになりますと無線でつなげるものが増えてきますよね。そうしますと、たとえば工場生産みたいなところで、センサーノードがたくさんあって、ノードは比較的に軽いものを上につなげていくような用途が増えてきますので、そうしますといまのTRONの技術は軽く、通信でつなげることに強みがあるアプリケーションだと思っています。

坂村 車の方はいかがですか?

大村 車はですね、いまでもT-Kernelを含めて実際に使っています。
いま当社はアプリケーション軸で態勢を作って、主に制御系のマイコンと、IT系のナビゲーション――最近は統合コックピットと言っていますが、だんだん車も通信でつながるようになって、外からでも車を操作できるような時代になってきています。私たちの強みは制御とITで、制御系のマイコンは世界で約40%のシェアがあって、ナビゲーションは70%くらいのシェアを持っています。両方が強みです。元々ナビでもセンターディスプレイを含め昔からT-Kernel等をずっと使ってきていますので、基本的にそれがベースになって今日に至っていると。これからの車は制御とITが融合してくると思います。そこで付加価値を高めていきたいと思っています。今後の期待としては、セキュリティとか、高度な安全運転支援だとセンシングですね。それとつなぐところ、ネットワーク。あとは機能安全が非常に重要視されて、その辺が今後TRONとのコラボの中で芽生えてくるとありがたいと思います。

坂村 横田さんの方は、もっとTRONはこうなったらいいなとかご要望はありますか?

横田 われわれがIoTととらえるのはインフラ系のところなのですが、このIoTの半導体というところでは、自律をキーワードにしています。ビッグデータでデータが大量に上がるのは良いのですが、意味のあるものが上がらないと情報がパンクしてしまうので、セキュリティへの配慮も行いながら、ちゃんと正しいものを意味のある形にして上に上げていこうと。たくさんのセンサーが塊になってきますから、ひとつひとつが比較的軽くて正確なものが求められてくると思います。そういうものは次のTRONに対する期待でありますね。

坂村 TRONは十分、ご期待に沿えると思います。ありがとうございます。
ルネサス会社全体だと、いまは何人くらいいらっしゃるのですか?

大村 いまは2万5千人を切ったところです。

坂村 2万5千人いるというだけでもマイコン会社としては世界最大。生産個数は年間大体どのくらいなのですか?

横田 車で40%、私ども産業系で26%というシェアを持っています。

坂村 個数で言うと?

大村 車が、マイコンの数でだいたい年間7.6億個くらいです。

坂村 すごいですね〜。

大村 でも数はもっとこっち(横田さん)の方が数えきれないくらいだと思いますけど。

坂村 十億超すくらい…?

大村 車載ではだいたい1台あたり、10個くらい使っていることになるので、そのくらいの規模になると思います。

坂村 そういう数でいくともう両方足したら10億個以上ですよね。

横田 もっと行くと思います。数十億ですね。マイコンと言っても8bitとか16bitの安いものがありますから、合わせると100億個近くいくんじゃないですかね。

坂村 総売上というのは大体どのくらいですか?

大村 だいたい8千億円くらいですかね。

坂村 これからIoTの時代になってくると機能分散が進みますから、通信回線のスピードも早くなって、複雑なことはクラウドの方に回してしまおうということになるでしょう。マイコンに求められるフィーチャーはもっとローパワー、省電力で動くことを要求されたり、機能安全みたいな考え方を取り入れてくれないと困るとか、少しずつ昔のマイコンとは違ってきていているのではないかと思っているのですけど。
今後の路線は?

横田 ルネサス全体の動きは、変革プラン中でして、少し絞り込みを行いながらも、注力するところに注力していこうということです。

大村 注力するところは自動車、産業・家電、OA・ICT。横田の方がこちらを担当しておりまして、これら3つが重要ポイントです。当社は特に「デバイスソリューションからキット、プラットフォームソリューション」という言い方をしているんですね。キットの場合アナログとパワーとマイコンをセットしてマイコンがいろいろキャリブレーションするとかチューニングするという形でアナログとパワーの性能をもっと引き出すというようなもので付加価値を上げていく――ということを片方でやりながら、プラットフォームの場合はやはりエコシステムですよね。ソフトウェアの資産が相当必要だということと、お客様がいろいろ選びたいということで、当社の場合はR-Car(アールカー)という150社くらいのコンソーシアムがありまして、その人たちがいろいろなお客様に対するメニューを用意して選んでいただくと。ですから開発環境というのは共通であるのが非常に重要で、そういうところはARMさんはうまいですよね。ARMを勉強していればみんな通用するところがある。われわれはエコシステムという世界の中で生きていかないといけないので、そういうことへの期待も大いにあるかなと思います。

坂村 そうですね。ルネサスさんのユーザ、要するにアプリケーションを作っているメーカからしてみれば、より開発効率を上げたいという要求は強まっていますよね。良い開発システムを持つことは重要なのですが、私どもT-Engineフォーラムでは、教育も非常に重視していまして。やはりT-Kernel、ITRONがこれだけ使われているので、共通のテキストブックを作るとか、ネット教育みたいなこともやろうとか、あと各社に協力していただいて、より深いセミナーをフォーラムでやる、と。ルネサスさんにも、基礎的なT-Kernel、ITRONの教育と実習に教材を提供していただいたりして、一緒に教育もやっています。これは非常に重要なことで、私、大学の先生ですから教育しないと(笑)。

大村 先生の教え子はみんな偉くなってきますから(笑)。

坂村 30年と非常に長い道のりだったのですけど、これからもエコシステムがいかにうまく作れるかが重要なので、もうちょっと頑張っていきたいと思いますので、よろしくお願いしたいと思います。どうもありがとうございました。

大村 横田  どうもありがとうございました。

TRONWARE VOL.151より再録