TRONプロジェクト30周年特別対談

長谷川 勝敏 氏
イーソル株式会社 代表取締役社長
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坂村 健
TRONプロジェクトリーダー

坂村 イーソルには長年にわたり、TRONプロジェクトを支えていただき感謝の念に堪えません。30年経ってTRONはワールドワイドで組込みリアルタイムOSの世界でデファクトになり、いろいろなものに使われるようになってきました。この中にはもちろんイーソルさんがご提供なさっているものもたくさんあります。TRONとは、ほぼ30年近くお付き合いいただいています。

長谷川 弊社は、トロン協会設立(1988年)間もない時期から参加させていただいています。1997年にµITRON2.0仕様準拠のPrKERNEL、1999年にµITRON4.0仕様準拠のPrKERNELv4を発売以来、自社で開発したTRON アーキテクチャベースのリアルタイムOSの提供を継続しております。誠にありがとうございます。

坂村 いえいえこちらこそ。

長谷川 なぜ売れたかを振り返ってみると、先生が作られたµITRON仕様が、国産発でロイヤリティフリーだったことから広く半導体ベンダーさんに採用されて、彼らのほとんどのリファレンスソフトの中にµITRON仕様OSが入っていたことが大きな要因だったと思います。それを採用した多くのメーカーさんは必然的に、µITRON に関する知識やソフトウェア資産を豊富にお持ちであるという基盤があったので、TRONアーキテクチャを引き継ぐ弊社のOSを幅広くご採用頂けたのかなと思っております。
T-Engineフォーラムには設立時から加盟し、幹事会員としてT-Kernelの仕様策定などに参加させて頂いております。2005年には、オープンソースのT-Kernelを独自に拡張した「eT-Kernel」を発売しました。2012年に発売した「eSOL eMCOS」は、数十から数百個のCPUコアが搭載されたメニーコアプロセッサ向けのリアルタイムOSですが、キャッシュコヒーレンシ機構を持たないプロセッサの特性から、これまでの一般的なリアルタイムOSとはまったく異なる独自のアーキテクチャを採用しています。しかし、シェアNo.1のTRON資産を再利用したいという強いニーズを受けて、T-Kernel APIをサポートしています。弊社は、小規模なシステムから、高度で大規模なシステムまで、TRON技術を活用させて頂いております。
eT-Kernelは非常に小さくて軽いということと、信頼性が高いリアルタイムOSであるということで昨今は自動車のベンダー様に採用いただいております。最近もデンソー様の車載機器にご採用いただきました。これもTRONの信頼性とリアルタイム性が評価されているおかげだと思っております。

坂村 私たちは長い間オープンアーキテクチャをコンセプトにし、ロイヤリティフリー、技術情報の開示、ソースコードも開示、ということをずっとやってきています。しかし、いくら技術情報もソースコードもオープンだからといって、使っていただくのは必ずしもコンピュータが専門という会社だけではないので、サポートの必要が出てくる。イーソルさんは、その架け橋としてエンドユーザの方たちの要求に応えて、技術サポートをやっていただいているわけですから、果たしていただいている役割は大きいですね。私たちはオペレーティングシステムとその周りの基本的なものは出しますけど、アプリケーションの世界は山のようにありますから(笑)。
何社くらいお手伝いされてるんですか?

長谷川 トータルで500~600社だと思います。プロダクトの数でいうと何千までいくかもしれませんね。数の多さで言うと、セイコーエプソンのカラリオというプリンタでは、おかげさまで99%以上の機種で、弊社のeT-Kernelをご採用頂いています。

坂村 全面採用ですね。製品の機種数で数百数千ということは、製品出荷数はもっと多いのは当然で、たとえばカラリオは何十万台いや何百万台も売れるだろうから、それはすごい数ですね。

長谷川 すごい数だと思います。

坂村 しかも日本だけではなくて、世界にも広めていただいていますね。

長谷川 はい、そうなんです。弊社は、T-Engineフォーラムに入らせていただいている会社の中で唯一だと自負しているのですが、欧州やアジア各国の企業にeT-Kernelを販売し、サポートもしております。

坂村 私たちのところも海外の方に採用されるよう情報を出したりしているのですが、開拓しにいくというのではなく、リクエストが来れば出すという感じです。TRONも世界的に有名になっているので、向こうから来るだけで世界100カ国近くに出しているんです。しかも最初は日本やアメリカ、ヨーロッパの主要先進諸国だったんですけど、そのうち中国、韓国が増え始めてきて、今度はASEANだったりインドだったり、最近私がビックリしているのが、アフリカ。

長谷川 アフリカですか!

坂村 そういう発展途上国でも、コモディティ化してきた製品は徐々に自国で作るようになってきているのですね。たとえば携帯電話は先進国では需要が飽和してるとはいっても、全世界的にはまだまだマーケットはあるわけで。そういうところでは先進諸国並みの高価で高性能なものはいらないから、基本的な機能だけを持っているものが欲しいとなっても、そういうプロダクトがない。となると自分たちで作るという話が出てきたり、日本に留学なさった方が国に帰ってそういうことをやろうとか、となるとやっぱりTRONが欲しくなるんですよね(笑)。

長谷川 そうですよね(笑)。

坂村 ロイヤリティフリーですし、安く作るという要求が強い国では、お金を払うものは使えない。
外国の展示会にもかなり積極的に出られていると言う事ですが……。

長谷川 はい。最近はドイツで毎年2月に開催される「embedded world」と、弊社の開発環境にARM純正コンパイラを同梱している関係もあって、世界各地で開催されるARMさんのプライベートショーに出展しております。

坂村 やっぱり産業を支える基盤技術なので、そういう地道な活動が大事ですね。ただ、言い方が難しいけど世界の組込みマーケット――急激に影響を受けることはないだろうけど、世界の経済に連動はしていますね。

長谷川 してますね。弊社も、PrKERNEL、PrKERNELv4のときとeT-Kernelの初期の頃は、コンシューマ製品のAV機器が非常に多かったんですよ。ですけど最近はコンシューマ製品のメーカーさんはちょっと元気がないようです。2009年くらいからAV機器はすごく減って、代わりに自動車関連のお客様の割合が急激に増えています。

坂村 やっぱりリーマンショックの影響は大きかった?

長谷川 大きかったと思います。もう一つがやはりiPhoneですね。iPhone、iPadが出て、スマホにドーッと携帯から移っていった結果、いろんなAV機能が全部スマホでできるじゃないかということになってしまった。

坂村 で、AV機器がなくなってきてしまった。

長谷川 そうなんですよ。

坂村 なるほどね。
車ではTRONははじめエンジンコントロールに使っていただいたのですが、最近は周辺機器、たとえばカーナビとかにも多いですね。

機能安全第三者認証取得「eT-Kernel Platform Safety Package」構成
スマートエネルギーシステム向けプラットフォーム「eSOL SEAP」の
システム構成と自動生成ツールの関連性
農業環境データ管理システム「AGRInkシリーズ」

長谷川 カーナビは多いですね。あと全方位モニター。

坂村 最近流行ですね。

長谷川 全方位モニターも含まれますが、ADAS(Automotive Driver Assistance System:先進運転支援システム)に弊社のeT-Kernelを採用いただく機会が増えています。やはりリアルタイム性や信頼性が評価されている結果だと思います。最近は自動車向けのISO 26262や産業機器向けのIEC61508といった機能安全規格への適合が求められています。弊社は現在、eT-KernelのISO26262とIEC61508の第三者認証取得に向けて取り組んでおり、まもなく認証取得済みのeT-Kernelをリリースする予定です。

坂村 安全運転のための機能とか、快適性を上げるための機能を強化するとか、ああいうところはリアルタイム性がないとなかなかできないですね。
車以外で最近面白い用途というのは?

長谷川 電力の自由化に伴って、これまでのHEMS(Home Energy Management System)やBEMS(Building Energy Management System)では一つの建物単位で電力制御が行われていたのが、今後はきっとコミュニティとか市町村レベルまで広がるのではないかと考えています。そういうことで、そこにつながる自律分散型の新たな機器に共通して適用できる、ソフトウェアプラットフォームを今作っていて、そこに弊社のTRON系OSを用いています。上位アプリケーションはモデルベースで作ってプラットフォームにガチャンと付くような形をイメージしています。

坂村 農場監視システムとかもやられていますよね?あれはどういうきっかけで始めたのですか?

長谷川 元々弊社は配送車の助手席に設置して8枚までの複写紙が印刷できる車載ドットプリンタや、氷点下の冷凍倉庫などの過酷な環境でも使えるハンディターミナルを作っているのですが、だんだんとそういう業界も統廃合が進んでいます。この市場で培ってきた耐環境技術力を活かして何かできないかと。屋外で温度や湿度、日射量といったさまざまな環境データを測定する「AGRInk - Server(アグリンク サーバ)」を作りまして、これに無線子機がつながるものを販売し始めております。農業向けとは言っているんですけど農業以外にも使えます。このAGRInk-Serverからクラウドに上げるデータは、今は独自仕様なのですが、国際標準のuID 2.0にしていこうかなと思っております。

坂村 uIDアーキテクチャ2.0! 昔は組込みシステムがインディペンデント――独立していたのですが、最近はネットワークの環境が広まり、組込みシステムが直接ネットにつながるようになってきました。IoT(Internet of Things)、インダストリアル・インターネット、M2Mとかいろんな名前で呼ばれ、組込みの世界も変わろうとしています。uIDアーキテクチャは組込みのネットワーク化を助けるものです。TRONプロジェクトで今もっとも力を入れてやっているものですので、ぜひ使っていただければと思います。
組込みの世界でもネットワークサポートは大きな話題になってきていると思いますが。

長谷川 ネットワーク機能は必須ですね。ただ、システム規模によってニーズが両極端です。安全性の確保が最優先の車載システムでは高機能で、リアルタイム性と高信頼性が求められる。逆にIoTのセンサーネットワークの方は、最低限の機能で小さく、そして何より安くと望まれる。弊社の農業向けの「AGRInk」シリーズも、農家の方が簡単に買える価格帯よりはちょっと高いんです。なのでこれを広めるには、クラウドの中にたまっていくビッグデータをいかに共通で使えるかが大事だと思っていまして、ぜひuID 2.0でクラウドとのシームレスな親和性を維持できたらいいなと。

坂村 目まぐるしく領域が変わって開発する人員も昔と違ってくると思うのですが、いま御社に組込みのエンジニアの方は何人くらいいらっしゃるのでしょう?

長谷川 いまはOSを開発しているエンジニアを含めて、組込み系で300人以上だと思います。

坂村 結構たくさんいらっしゃいますよね。アプリケーションもやっているんですね?

長谷川 アプリケーションも若干名ですね。組込みはあまり儲かるビジネスではないので…。

坂村 その話はよく出ますね(笑)。

長谷川 なので、エンジニアが300人以上いるというのは、日本ではそこそこ大きいほうではないかと思います。

坂村 大きいですよ。私思うのですが、なぜ儲からないのかというと、ソフトウェアの見積もりの取り方に問題があって、人工(にんく)で取ったり、ソースコードが何ステップでいくらと決めるじゃないですか――ITの世界では。ところが組込みでは、ソースコードが大きくなるのは良くないですよね。コンパクトにしてって言っているのにソースコードのステップ数が多いほうが高いというのは合わないですよね――価格モデルが。また、優秀な人ほど速くコードを書くのに、人工計算でやられたら、優秀じゃない人が時間かけてやった方が儲かるじゃないと(笑)。

長谷川 本当におっしゃる通りですね(笑)。

坂村 そういう理解が足りないですね。組込みの特殊性をみんなが認めないと人がいなくなっちゃいますね。

長谷川 そうなんですね。今年は景気が良くて、業務系や基幹系のソフトの開発が活発なので、組込みの人たちはみんなそっちに行ってしまって、いないんです。製造業メーカーさんもいまけっこう新しい研究開発を始められていてお声がけはいただくんですよ。でも前お願いしていた会社さんにお声がけすると、もういないですよと。

坂村 エンジニアがいなくなっているんですね。

長谷川 いなくなっちゃうんです。

坂村 組込みの世界はワンチップマイコンで、ROMも減らせRAMも減らせ、もっとコード短くとか、省電力とか、IT系の方とは違いますね。だからいきなりIT系の人間が来てもある種の特別な技法を習得してもらわないと何もできない。ということで教育も重要になってきます。

長谷川 やはり国の政策として、なにか仕組みが必要なのではないかと思います。そういった意味で、昨年坂村先生にもお骨折りを頂いた「組込みシステムイノベーション議員連盟」の発足は大きな第一歩だと思います。今年は民間企業でそれを後押しする団体を作ろうと動いています。当時先生がプレゼンされた資料には、本当に言っていただきたいことが全部ずばりと書いてあったので(笑)。

坂村 ありがとうございます(笑)。私たちT-Engineフォーラムは、この業界をサポートして、産業的にこういうものが重要だと訴えていくことが責務だと思っているのですけど、他にもオープン系のものなどに望むものが何かございますか?

長谷川 機械の中に組み込まれているTRONという意味ではワールドワイドで61%というお話ではあるのですが、海外に対するマーケティング活動をもっとご支援いただけると嬉しいかなと。
それと、これからのIoTやM2Mを含めたセンサーネットワークで、uID 2.0は非常に重要だと思っていますので、これをもっと世界的に広めていく活動もしていただきたいと思っております。

坂村 30年経って、アジアを中心として有名になりましたが、新たな次の30年、これをアフリカや南米など、いままでやっていなかったところにも手を広げようと思っています。どうしてこれまで有名なのが日本とアジアなのかと言うと、組込みの応用をやっているところがアジアに集中していたからなんですね(笑)。大変なことですが、発展途上国を助けるため世界のいろいろなところへ行くことも課題だと思っています。
30年経った節目として、これからも頑張っていこうと思いますので、ぜひ、今後もご協力をお願いしたいと思います。

TRONWARE VOL.150より再録