TRONプロジェクト30周年特別対談

加藤 薰 氏
株式会社NTTドコモ 代表取締役社長
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坂村 健
TRONプロジェクトリーダー

坂村 1984年からTRONプロジェクトを始めまして、初期の段階からNTTグループにはかなりお世話になっております。

加藤 いえいえ、お世話になったのは私どもの方でございまして。

坂村 TRONは組込みシステム――車のエンジン制御、探査機の「はやぶさ」、デジタルカメラ、電子楽器、カーナビゲーションなど、組込みの中でも特にハードリアルタイム処理が要求されるものにたくさん使われており、我が国では61%くらいのシェアをとっています。最初のうちは日本の会社が多かったのですが、30年間経ってTRONエコシステム――TRONの生態系は、最近ではワールドワイドに広がっています。

加藤 ありがたいことですね。

坂村 日本人として微妙なところもございますが(笑)。

加藤 (笑)グローバルな視点で。

坂村 特にNTTさんには、昔CTRONという電子交換機用OSを使っていただきました。またドコモの携帯電話も、始めはITRONだけを使って作っていました。

加藤 ありがとうございました。

坂村 いまでも電波のコントロールのようなリアルタイム機能が必要な通信プロセッサには使っていますが、機能が上がるに従って、アプリケーション・プロセッサにiOSとかAndroidが入るようになりました。

加藤 そうですね。どちらかというと最近の携帯はコンピュータになってきましたので。ただ、モデムの部分だとか、電波制御のところとか、基幹の部分では使わせていただいております。いまのスマホが出てくる前にiモードでも使いましたし、その前のフィーチャーフォンからずっと使わせていただいていて、累計3億台くらいになってると聞いています。

坂村 3億台!(笑)

加藤 桁が違うな、と思ってます。電波の制御だとかベースのところではきちっとお世話になっています。またこれからはIoTの時代が来ますので、さらに増えていくのではないでしょうか。

坂村 そうですね。昔は組込みの機器は独立的に使われていましたが、最近ではネットワークにつながるようになりました。

加藤 車も然りですからね。

坂村 そこで、最近ではユビキタスIDというIoTアーキテクチャにも力をいれています。どうやってつなぐかに重点が移ってきました。特にTRONではセンサーノードとか、非常に小さなコンピュータをターゲットにしていますので、数的にはかなりのものに。世界のあらゆるものにTRONを組込み、ネットでつなげるというのが私の考え方で、道路の中に埋め込んだり、橋の中に入れ込んだり……。

加藤 振動とか歪みとかを計測するんですね。

坂村 そうです。そういうものを事前にキャッチする。産業機械をコントロールするだけではなくて、いろいろな動作データを集めまして、ビッグデータ解析して、事前に故障察知をするとか。

加藤 某建機メーカさんもグローバルにやっておられますけど、どんどん進むと思いますね。

坂村 ところでTRONプロジェクト、30年間続けることができたのはひとえに、皆様のお陰だと思っています。オープンアーキテクチャと言いまして、いまでこそAndroidとLinuxとかオープンなものも珍しくないですが、84年からずっとオープンという戦略でやってきました。

加藤 下世話な言い方ですけど、心の広い基本スタンスですよね。

ITRONを搭載した携帯電話(FOMA905iシリーズ)

坂村 ライセンス料を取らないし、技術情報を全部開示することが世界に広がった一つの原因だと私は思ってるんですけど、それがなかなか30年前は理解されなくて。でもNTTにはかなり理解していただいて、電子交換機の基幹のCTRONも完全オープンソースでやっていただけた。ただ、時代がどんどん電子交換器を使わない時代になってしまった。電子交換機には良いところがたくさんあると思っているんですけどね(笑)。インターネットになってしまって。

加藤 電子交換機は交換に特化したものですから、非常に速くて正確だと思うのですけど、汎用のもので代われるというIP化の波が来たってことですよね。

坂村 音声電話にまでベストエフォートの考えが押し寄せ、IPベースに代わってしまったのですね。
端末の中は相変わらず組込みなんですが、最近のスマートフォンの世界の戦いは、相当……。

加藤 熾烈でございます! コモディティ化されているのと、日本市場を相手にしますので、加入者がある程度飽和していまして、取り合いというと余りにも直截的ですけど、そういうものが激しくなっています。

坂村 でもいまでもドコモさんはトップシェアなんですよね。

加藤 一応トップシェアなんですけども、それを維持するのはなかなか難しい構造になっていて。ディジタルでコモディティ化しますと、先に走りましても、追いつかれることが普通になってくる。その繰り返しですので、たゆまぬ努力が必要だなと思っています。

坂村 大変ですよね。終わることのない戦いになっていますものね。

加藤 結果、お客さんに安くて良いものが便利に使われるのは、われわれの喜びではあるのですが、そこで収益とか事業性とか考えたときには、なかなか厳しい局面になっているのも事実ですね。

坂村 昔の電話は人間と人間のコミュニケーションを助ける道具だったのですが、最近は携帯の世界でもM2Mとか機械と機械のコミュニケーションの分野が重要になってきました。

加藤 成長の兆しはもう見えてますね。全てのものにセンサーが入ると思いますし、われわれも心拍数を計れるランニングウェアを発表していますけれど、そういうウェアラブルが普通になってくるんじゃないかなと思っています。

坂村 そうですね。

加藤 そういう意味では、昔「マイコン」と呼ばれていたマイクロプロセッサ、これを支えておられるのがTRON、その高度化がものすごく進んでいると思いますね。そしてそれをネットワーク化することによって、ダウン系とアップ系でデータが行き来することが、これからの世界では益々増えます。トラフィックそのものはそんなに要らないと思うのですけれども。

坂村 マイコンの進歩は速く、昔は夢だったのですが、蓋を開けるとなかに部品が一個しかない、そういうことが本当にできるようなってきた。

加藤 極端な言い方をすると、ゼロg、ゼロccですよね。

坂村 携帯電話も、スマートフォンはタッチパネルの制御とかいろいろなことがありますからチップ一個というわけにいかないですけど、昔のフィーチャーフォン程度の機能でいいなら、ワンチップの携帯はできると思うんですよね。

加藤 できると思います。もっと集約すれば、もっと速く、もっと高度にできますからね。

坂村 本当に小さく、時計どころか、カフスボタンが電話とか、メガネが電話とか。

NTTドコモの2014-2015冬春モデル

加藤 私もゼロg、ゼロccって言いましたけど、なんでもできるパソコンだとかスマホだと、いろんな機能があるんですが、使ってる機能は実は電話とメールだけ、と。それならフィーチャーフォンと同じですから、ワンチップでできますよね。

坂村 そういうものをワンチップで作ることをもう一回やりたいですよね。昔の製品を安く作るというのではなくて、高機能化したものの未来があると思うのですね。

加藤 そうですね。

坂村 実はTRONは未来のデザインプロジェクトでもありまして、30年前にパソコンがまだなかったときに、いわゆるタブレット型のものとか、電子文房具とか、ノートパソコンとかのコンセプトモデルを作ったりしました。スマートフォンがなかった10年くらい前に「ユビキタス・コミュニケータ」を作ったり――これは画面がタッチパネルになってて、背面には電子タグを読み取る装置が入っているのですよ。いまのスマホの原型みたいなものです。でも受けなかったんですよ、これ。早すぎちゃったのか。

加藤 早すぎたのと、中途半端にわかっている人は保守的ですから。携帯にカメラ付きましたよね。最初は画素数が低いですから、そんなもん誰が使うんだ、と言ってたものが、お客さんには選ばれたわけですよ。保守的なひとはそれに踏み出せない、読み違えるというのは、あります。

坂村 全く!他にもエルゴノミクスキーボードとか、道路の中に電子タグ入れ込むとか。

加藤 道路に入れ込むというのは、IoTに近いですね。

坂村 はい。いわゆる「誘導ブロック」に入れて視覚障碍の方をガイドするようなシステムを作りたいと思いまして。

加藤 いまBluetoothで某メーカさんやっておられますね。

坂村 15年ぐらい前からやってまして、銀座に電子タグを実際に埋め込んだ実験とか。これ実はいままた注目されてまして、6年後のオリンピック・パラリンピックのときに、こういう障碍者の方をガイドするインフラを持ったほうが良いのではないかという議論がいままさに……。
ほかにも未来の家のプロジェクトを1989年にやりまして、このときもNTTには協力していただきました。まだインターネットがなかったときに、自宅から交通とかコンサートの切符が予約できるようにしようとか、またあとTOTOと共同研究で未来のトイレといって、ウォッシュレットの試作機に尿の自動分析装置や血圧計を付けて病院にデータ送るとか……。トイレの高機能化、トイレにコンピュータ入れたらどうなるかという、未来の家のプロジェクト。ただ、80年代でインターネットがなかったですから、専用回線引っ張って病院と繋ぐなんてことを、NTTの研究所の方たちと一緒にやったんです。ところがその当時は受けなかったんですよ、あんまり。直接病院に行った方が良いとか言われちゃって。遠隔ヘルスケアの家だったんですよ。
あとトヨタから頼まれて2005年に名古屋に作った僕が設計した家なんですけど、非常時には、ハイブリッド車を小型発電機として使ったらどうかって言ったんですよ。そしたらこれも、受けなかったんですよ。2005年は電気余っていたんで(笑)。

加藤 電気自動車やハイブリッド車をバッテリにする発想は、いまやってることですよね(笑)。

坂村 保守的なんですよね、日本は。

加藤 いやいや、保守的というより中途半端にわかってるから……(笑)。

坂村 ほかにも、未来のオフィスというコンセプトで、ミッドタウンの会議棟のデザインもやったんです。

加藤 いろいろやられましたね。キーワードは、「デザイン」ですね。

坂村 そう、デザインです。
これは、デジタルミュージアムといって、いまでこそいろんな大学で行われていますが、これも15年くらい前に収蔵物をデジタルアーカイブにしようとした。まだ先駆けだったんで、なかなか。これも東大の120年のときに、私はオープンアーキテクチャ派ですので、大学は全部の授業を公開するべきだと言ったんです。

加藤 いまのMOOCsですね。

坂村 で、そのときはインターネットがポピュラーではなかったので、そのころ出始めのネットストリーミングの実験もしたのですが、一般への安定したチャンネルとしては衛星放送で24時間東京大学が発信する、っていう発想で……。

加藤 おお~。

坂村 受けなかったんですそのときは(笑) もう全部受けない(笑)。いまでこそMOOCsとかいろいろやられるようになってきましたが。

加藤 いまは学校も門戸開いてますから。10年くらい早いですよ、先生それ。

坂村 授業料取ってるのにそんなことやったらどうすんだと言われてしまって。

加藤 タダじゃないかと。

坂村 最近は違ってきて。

加藤 発信しよう、と。

坂村 それとインターネットがいまはポピュラーになりましたから。

加藤 これ(中継に使ったフェニックス)高いですからね。

坂村 ただ感謝してるのは、なかには面白いって言ってくださる方もいて、じゃあやってみる?って試そうって方たちもいたんですね。

加藤 イノベーション、イノベーションって言いますけど、自らがブレーキをかける部分がありますからね。

坂村 ええ。なかなかね。私も30年間やってみてわかったんですけど、いまやってる方たちに言っても無駄。スマートフォンじゃないものを作ろうって、いまスマートフォンやってる人に言っても駄目なんですよね。

加藤 言っても駄目ですよね。

坂村 そうそう(笑) だから別の人とやらないと。会社は同じでも良いんですけど、それを直接やってない方のところと行かないと。

加藤 しがらみが。先生はこれだけのことを先見性を持ってやっておられたけど、大層はいや違うと仰ったわけだ。もう一度反省しなければと思いましたね。

坂村 表面しかみないと、組込みなんて関係ない、と思われてしまう。だけどIoTのノードは組込みなんですよね。

加藤 わかってない人が多いですね。

坂村 まったく新しい発想で新しいことをやってくことはもう戦いで。

加藤 新しい発想!いろいろ考えつきます。人間はすごくたくさんの情報を持ってますから、チップをぺたっと体に貼っとくだけで血糖値から何から何まで全部わかり、クラウドに飛んで行くいうのなものがあれば良いんですけど。

坂村 人間のあらゆるデータが。

ドコモが目指す姿「スマートライフのパートナーへ」

加藤 ハリウッド映画のMATRIXみたいになっちゃうな、と思ったりしますけどね。

坂村 これからオープンなTRONに何か望むことがあればなにか。

加藤 やっぱり組込みの高機能化と、リアルタイム性と、オープン性が欲しいなと思います。一方では、これを集めたデータが大きいだけでは意味がなくて、それに意味を持たせるためにはどうしたら良いか。難しいですけどね。

坂村 そういうビッグデータの解析に関しては、いま世界中が注目するようになってきたんで。

加藤 注目してるんですけど、力仕事であるような面があったり、あたりまえのことがわかるだけであったりのもありますけれど(笑)。そういうのを除いたとしても、得るものはたくさんあると思っていますけどね。

坂村 ドコモの未来、どういうふうに……。

加藤 やっぱり、人間の活動にいかに役立つか、という観点で見たいな、と思ってます。

坂村 なるほど。

加藤 バリアがいろいろありますよね。たとえば、私なんか英語ができないもんですから、言語ってのは大きなバリアですが、ICTや携帯を使った翻訳で下げることはできるだろうと思いますし。

坂村 いま充分通信回線のスピードが速くなってきましたし、自然言語の翻訳もかなり実用になってきていますからね。

加藤 10月に機械翻訳の会社を作りまして、少なくともTOEIC700点をめざそうか、と。2020年までにできたら、オリンピックのお役に立てるかな、と思っております。

坂村 英語をピボットとして、他の言語に翻訳する研究も進んでいますからね。

加藤 言語プラットホームみたいなもんですからね。

坂村 そうですね。

加藤 で一方、障がいをお持ちの方は健常者以上にいろいろ壁をお持ちなので、その壁を下げてさし上げることもできるだろうと思っています。

坂村 はい。

加藤 ICTがやるべきものはそこだろうと思っています。さらに便利になって、行った先で、知りたいと思ったことがわかるとか、自然にできるようになるのがわれわれのめざすところですね。それもゼロg・ゼロccで。

坂村 なるほどね。コンピュータは誕生してから50年以上経ちますが、やっと人間の生活の役に立つ、助けるところに近づいてきました。

加藤 介護ロボットもそうなんでしょうけど、そういうものをICTのなかでできたらな、と思っています。

坂村 重たい処理はサーバや、クラウドでやれば良いと思うのですが、それと端末を結ぶものとして通信は絶対に必要だし、重要だと思いますね。

加藤 端末の方で高度に処理していただくこともあろうかと思います。分担ですけれども。

坂村 機能分散。超機能分散。まさにいつでもどこでもコンピュータがつながる。ユビキタス・コンピューティング。15年前にYRPユビキタス・ネットワーキング研究所を作って戦ってきたのですが、やっとそういう時代が。

加藤 やっとですよ、ユビキタス、という意味がわかるようになってきたのは。われわれがやってるものは、ネットでつなぐ、ということなんですね。つなぐときには、無線の方が良いだろうということなんですけど、線が良いときもありますし。

坂村 ケース・バイ・ケースですね。

加藤 考えてみると、われわれはテレコミュニケーションを生業にする会社です。テレコミュニケーションはコミュニケーションで、このようにリアルな、直接的な対話こそが最高のコミュニケーションですけど、これができないのだったら遠くででもできるようにするのが電話であり、テレコミュニケーションだと思うんです。これを大事にしながら、人と人がコミュニケートするっていうことをいかにサポートできるか。人間の役に立つことをするのが必要だと思っていますね。

坂村 人間を軸として。

加藤 IoTと言うと「モノ」って感じがしますけど、そうではないと思ってます。このモノたちも、人に役立つものですから。

坂村 そういった面からも、組込みバージョン2。いままでと違った、新しいIoTのために次世代の組込みを中心としたコンピュータ・システム構築プロジェクトをこれから進めようと思っていますので、ぜひ今後もまた……。

加藤 私どもにできることがあればぜひ。それと、特にデザインを中心としたイノベーション・イメージを見せていただき、NTTグループのファンドみたいなものも、うまく活用しながら、先生のアイデアを教えていただければと思います。

坂村 今後ともよろしくお願いたします。

TRONWARE VOL.151より再録