TRONプロジェクト30周年特別対談

藤森 義明 氏
株式会社LIXIL 代表取締役社長 兼 CEO
×
坂村 健
TRONプロジェクトリーダー

トステムやINAXやサンウエーブなどの5社が2011年に一緒になってできたLIXILは、住宅関連産業としては世界一の規模の会社である。TRONプロジェクトとのかかわりは、まだそのLIXILとしてまとまっていない時代に遡る。例えば、1989年「TRON電脳住宅」にはサンウエーブが参加している。そこでは、キッチン機器のクッキングガイドからの制御、使う人の背丈にあわせて上下する機能などを当時初めて制作した。2004年にはトヨタの夢の住宅「PAPI」にINAXが協力して参加。そしてTRONSHOW2005では、電脳住宅のブースにトステムが協力し――いまでは普通になっている電動シャッターや電動天窓のユビキタス的な制御を行っている。そして同時期に組込みの制御技術、ユビキタス技術の導入を目的にT-Engineフォーラムに加盟。また、さまざまなLIXILの研究施設、ショールーム、コンセプトホーム等、未来に向けた研究・展示の中でも、住宅制御用のOSとしてµITRONを採用している。

藤森 今日はどうぞよろしくお願いします。

坂村 こちらこそありがとうございます。LIXILさんは、いろいろな会社が統合されて一つの会社になったために…でも、お話を伺うと、随分前から、いろいろご一緒にやっているなぁと。

藤森 そうですね、ありがとうございます(笑)。

坂村 時代が変わりましたね。LIXILさんもやられている組込みシステムも急激に進化して、IoT(Internet of Things)と言って、いままではどちらかというと裏方だったのが、いまや情報通信技術の最先端の舞台にでてきました。すべてのモノがネットワークにつながる時代になってきている。いままでは通信回線の速度が足りなかったりで、なかなか難しかったことが、最近はできるようになってきました。たとえば機械の動作データをネットで集めて貯めて、ビッグデータといって数百万個オーダでデータが集まってくると、故障予測ができるようになったりします。壊れる前にどういう動作だったかのデータと照らしあわせて、壊れる前に予測を立てられるんですよね。

藤森 それはGE社がIndustrial Internetって呼んでるものですね。

坂村 そうです。ただ、GE社の考え方はまったく間違っていないですし、GE社の例えば発電機に付けられたセンサーからの情報を集めてビックデータ解析し、故障予知を行うという実例も素晴らしいのですが、私的に言うとクローズなIoTなんです。対象がGE社の機械だけなんですよね。私がやろうとしているのは、それを完全にオープンにして、特定メーカのモノがつながっているだけではなく、メーカを問わずすべてのモノを連携できるようにすることです。

藤森 幾つかの企業がわれわれのところにも提案にいらしたんですが、工場の機械に全部センサーを取り付けると、工場の機械の動きとか摩耗とか錆とかがわかってきて、普通に定期点検をすると一週間とか一ヶ月とか、全部止めなくてはいけないのに対して、どこが悪いとかが分かると、そこだけ部分的に止めて、たとえば一時間とか二時間で済む。壊れる前に、替えてしまいます。しかもその点検が、一日まとまってやるのではなくて、常にモニタしてる。そういうことを言ってきたので、面白いかも知れないですね。

TRON電脳住宅のキッチン

坂村 GE社が最初やったのは風力発電機。全世界にたくさんあって、いきなり壊れたり、突然止めたときのコストって結構高いんですが、計画的に止めるという予防修理なら大分コストが下がるんです。ですからそういうデータを集めて、故障する寸前の動作の機械の状態を統計学的に見て、壊れる可能性が極めて高いとなると、故障してないのに、計画的にストップさせて部品を取り替える、っていうことをやった。組込みコンピュータとして、いろんな機械のなかにTRONがたくさん入ってるんで、やるきになれば、こういうことはやりやすいんですよ。日本でIndustrial Internetがあまり注目されていない時に、講演とかで「今はここまで出来る」という例として何回も取り上げて、Industrial Internet構想をGE社が提唱していて、成果も出始めていると紹介したので、GE社から「ありがとう」って言われました(笑)。

藤森 GE社のIndustrial Internetは、たとえば、飛行機のエンジンに全部ついてるわけですよね。

坂村 そうなんです。ただ、飛行機のエンジンでも、ただ単にデータを取るだけじゃなくて、部品の交換記録も重要で、それにはどの部品かを個体識別できないと駄目なんです。実は日本の富士通が作ってる電子タグは何百万個という飛行機を構成する部品にすでに付けられてて管理に使われている。IDが電子タグのなかに入っていて、部品に読取り機を持ってくると、どういう部品とかいつ交換したかとかが分かる。
似たようなものを、私は道路の中に埋め込もうとも言ってまして、銀座の街のなかに電子タグを入れて、メンテナンスのときに権限を持っている人が読み取ると、いつ作られたとか、設計図とかが出るんです。前いつ点検したのかが出たり、点検したときの状況をクラウドに上げて、データを貯める仕組みとかを、10年くらい前から実験的にやってます。
そういう新しい発想に基づいた物の作り方とか、新しい発想でのメンテナンスの仕方とかに、組込みコンピュータが凄く威力を発揮するだろう、と。

藤森 なるほど。

坂村 それと、全然関係ないと思われたデータが実は関係あった、といった相関関係を取ることが流行ってまして、そういう意味でセンサーネットワークでいろんなところの、温度や湿度、経年的な変化を捉えることが必要です。材料が関係あるとすれば、トレーサビリティといって、材料が一体どこから来て、誰が作って、どういうふうに作ったのかとか、そういう履歴が重要です。一度お時間があったら私の研究所に来ていただけると、テクノロジーのショールームがありますので、いろいろなアイデアをご覧にいれます。

藤森 ありがとうございます。

坂村 それで一番やりたいのは、いまやLIXILさんは住宅部品のすべてを供給する会社になってるので、いままでの発想とは全く違う新しい家が創れる可能性がある!

藤森 家を!

坂村 やりましょう!

藤森 ぜひお願いします。われわれは窓を作ったり、トイレを作ったりと、モノを作っておりますけど、一番の敵はGoogle社になるだろう、と。Google社は将来きっと家の中に入ってくる。ただ、どうやって入ってくるかはわれわれには見えないんです。きっとGoogle社は、先生が「20年後にはこうなる」って作った家を発表したら、それを作ってくるだろう。

坂村 なるほどね。

藤森 Google社は自分たちで独占する世界ですから。しかもビッグデータ――いま一番クラウドの容量が大きいのはGoogle社ですよね。彼らはいまそれだけの能力を持ったクラウドを持っているので、ビッグデータはいくらでもハンドリングできるだろう。だから、世の中に全部センサーがあって、人の動きとか、空気の動きとか、汚れとか、湿度とか、上と下の温度差とか、そういうすべてが、たとえばスマートフォン上でわかる。GE社でも人の動きをずっと観察してデータマイニングして、躓きそうだ、骨が折れそうだというのが分かる。どこで躓きそうだというのが分かったら、そこを直す。そういうところまで彼らは考えてるんですよ。

坂村 Google社が一番イノベーティブだと思うのは、データに注目してあれだけのスケールで物事を進める会社だということ。恐らく初めてですね。どうしても独占になっていくのは、データは集めれば集めるほど、確率的・統計学的に精度が上がっていきますから、大きくなることが彼らにとっては正義だからなんですね。
モノを作る会社は普通はモノを作るところからスタートしますよね。Google社がすごいのは結果としてモノを創るところ。最後には家も作ると思うんですよ。ですけど、発想が違う。順序が違う。データから家を作ることを考える。

藤森 人の行動とか、大きなビッグデータを取って、そのビッグデータから建材とか家の形、住まいの形を決めていくっていうんですか。

坂村 そうなんですけど、最後に物理的な現実空間に家を建てようと思うと、Google社もLIXILさんみたいな会社の力を借りないとできないですよね。

藤森 その通りです。

坂村 データ集めるのはGoogle社に任せるじゃなくて、自分でデータの方もやるという勢いですね。

藤森 その通りです。今までの実験住宅は、風とか光とかを利用したパッシブデザインとか、すでに5年くらいデータを採り続けているのですが、そのデータのなかには人の動きがないわけです。人が住んでないですから。どういうデザインにしたら風量が一番良いとか、風の動きとか、自然の流れの動きのベースとしたデータなんですよね。
Google社はモノからではなく、人なんです。人がどう動くかとか、人がどういう行動をするだろうかとか。だから人の行動を徹底的に研究すれば、無人自動車が作れる。そういう話ですよね。
いま高齢社会に向けて、高齢者が一人で完璧に暮らせるための家ってなんだろうかと考えてるんですけども、どういうふうにすれば高齢者が一人でいられるのか。いまの警備保障会社などは、ビデオカメラやセンサーがあって、倒れたら誰か駆けつけるっていう設定ですよね。でも倒れた時点で遅いわけです。倒れないようにする人間の動きの工学は一体どんなものか。床とか、すべての空間が、どういう空間であれば一番転ばず、ぶつからず、転んでも大腿骨が折れないか、とか。

坂村 私も歳取ってきて思うんですけど、元気だったのに亡くなられてしまう方って、骨を折ったときが危ないそうなんですよね。ですからいま仰った視点はすごく良いことだと思って、空間構成的にどうすれば一番転ばないのか、転んでも骨を折らないのかに注目するという話ですよね。それは単に人間の行動を直接観察するだけじゃなくて、何を食べてたのかとか、塩分が多すぎたんじゃないかとか、飲んでる薬か、そういうことも恐らく関係していて、あと天気ですよね。たとえば昨日までは10℃以下だったのに突然16℃になった今日みたいな非常に急激な環境変化は、歳取ってる方にはキツくて、そういうときに設定しておいた温度にしかならない今のエアコンは残念なことに追従できない。そういうことをちゃんとやろうとすると、外の空気とか天気とか外出予定までを把握しなきゃならない。

藤森 僕もそう思うんですよ。たとえば脱衣所の温度は、お風呂を沸かしたら自動的に温度が上がるとか。要するに人工知能ですよね。そこら中に人工知能があって、生活をコントロールしていく。
2年前にカナダで言われたんですけど、高齢者介護で、介護士がいないときに普通の介護はいいけど、トイレの介助が嫌だと。要するに拭いてあげるのが……。

坂村 だったらLIXILさんのシャワートイレみたいな……

藤森 そうなんですよ。でも高齢者は座れないんですよ、足が弱っているから。だけどわれわれの「便座昇降装置おしリフト」は座面が自動的に上がったり下がったりするんですよ。それで、シャワートイレ。そういう商品があると言ったら、それはすごい、と(笑)。

坂村 凄い(笑)。
やっといまそういうことに対してみんなが関心をもつようになりましたよね。私が89年に最初のTRON電脳住宅を作ったときに、歳を取ったときの高齢者の住宅を考えるべきだって言いました。そのときはTOTOさんと一緒にやったんですけど、トイレに血圧計つけろと。その他に、人間ドックでやる尿の自動分析装置をトイレのなかに組み込んで、通信回線でホームドクターのところにつないで、毎日尿検査と血圧検査をトイレに入るたびに自動的にやって、データを蓄積するのはどうかって言ったら、受けなかったですけどね、そのときは。いや、作っちゃったんですけど(笑)。作ったんだけど、インターネットがなかったんで、NTTに言ったらじゃあ病院に専用回線引きますか、ってすごく高いものになっちゃって、そのときはコスト面で駄目だったんです。いまだったら全然問題なくできますよね。

LIXILの研究施設 U2-Home

藤森 4年前、まだGE社にいたときに、INAXに行ったんですよ。GE社が何をやりたかったかというと、尿のサンプルを採って糖尿病の先行指標となるようなデータを採れないか、と。INAXはずっと研究してたらしいんです。私が4年前に行ったときは「やめました」って。なんで止めたかというと、相関性がなかなか成り立たない。GE社が一番興味持っていたのはそこなんです。だからわれわれもいま、トイレもそこまでいくべきじゃないかと思っています。

坂村 尿と血圧と血液の三個が分かれば、かなりのことが分かりますよね。これはぜひやりたいですね、一緒に(笑)。

藤森 やりたいと思ってます。特に尿はもう一回始めても良いと思うんです。

坂村 電脳住宅でやったときは、すぐ高コストだ、病院行けば良いって話になっちゃって。

藤森 病院行ったほうが早いって(笑)。

坂村 そのときに、これから東京集中がますます高まって地方でお医者さんがいなくなるから、将来ネット診療が重要になるだろうって言ったんですけでど、やっぱり89年は早すぎましたね。あまり受けなかったです。通信のコストがいまほど激減するとはだれも思っていなかったですから。

藤森 いや素晴らしいです。本当にそういう世界になってくると思います。しかも2020年までに日本の家全部にスマートメータが入ってくるわけですよね。
家の中のセンサーとAIみたいなのがあって、いろんなデータをスマートフォンなんかでコントロールできる。我々のビジネスは、そういうサービスビジネスになるべきだと考えます。

坂村 なるほどね。

藤森 高齢者も同じです。全部センサーを取り付けて、プライバシーも守って、ちゃんと尿の検査を取って、何かあったら、高齢者自身も見て分かる。あるいはそれがどこかへ直結しているとか。高齢社会に備えた家って一体どういうものになってくんだろうか。60歳以上がいま人口の20~25%でしたっけ。もう少しすると65~70歳以上の人が30%になってくるわけですよね。あと10年でそうなった時代に、いわゆるネットワークがそこら中にあって、センサーがそこら中にあるという社会、Google社の世界に必ずなってくるわけです。将来の20年後の家のビジョンっていうのが必要なんです。
ゼロエネホームとかゼロエネ住宅というのは2020年のビジョンとしては考えられる。
私もモデルとしては、地産地消だと思います。一番良いのは、地産とは何かというと「家」。家で作って家で消費する。

坂村 そうあるべきですよね。

藤森 だけどいまは貯める仕組みがないんですよ。バッテリに必要な容量が大きすぎて。バッテリをどうするかの一つが、先生が十年前に作られたPAPIですよね。

坂村 それもあるし、家単独で貯めるだけじゃなくて…

藤森 地域です。

LIXILの商品 高性能樹脂窓「エルスターX」

坂村 たとえば車に貯めてるなら、夜にはその貯められてる電気を家にまた戻すとか、いろんなやり方があると思うんですよね。トータルにものを考えていかないと駄目です。
また、これからの未来の家って言ったときに、やはり少子高齢化によってそこに住む人達が高齢化していくのは間違いないんで、高度成長のときの、たとえば子供が増えてきたから子供部屋を作るとかの増築に対して、これからは「減築」だと思います。一つの家を小さくする技術がない。それでPAPIでは、モジュールを後から外せる家を作ろうって。

藤森 「外せる家」。それは面白いですね。

坂村 もう少しデータを活用して人間を中心にして、安全安心のためとか健康で人に迷惑をかけない家という発想をもっと増強しても良いかなと思いました。

藤森 当社の研究所にもロボットがあって、たとえば出かけるときに鍵が閉まってるかどうかをキャッチしたりですね。高齢者ってすぐ忘れるじゃないですか。そうするとロボットが「鍵がしまってます」と。ガスも「火を忘れてますよ」って言ってくれるとか。あるいは窓が開いてると「窓が開いてます」と。それがモータがあると、ロボットが自分でスイッチを押して、ドアが自動的に開くとか、鍵を忘れてるとロボットが自動的に…って、そのあたりまでは来ています。これをもっと進めて、家に帰ってくるとロボットが「おかえりなさい」と言うと。10年後くらいになると、若者の一人暮らしを含めて、世帯の40%が一人暮らしになるんですよね。

坂村 一人暮らしの人をサポートする「お一人様サポート」ってこれから需要が増えていくんじゃないかと思います。いまロボットの話が出ましたけど、コンピュータ・サイエンスの方で話題になってることにSingularity――日本語で言うと「特異点」。機械の知能に注目が今集まっています。コンピュータの構造が変わって利口になるのではなく、大量のデータとその分析から的確に答えが返ってくると、知能っぽく見えるんです。それこそGoogle社なんかも貢献してるんですけど、その検索エンジンの進化とか、大量データの蓄積からいろいろな知見を得ることができてきてる。食べたものをずっと蓄積していくと、トータルで一ヶ月で塩分摂り過ぎですよとか、昨日中華食べたから今日はやめた方が良いとか、油の摂り過ぎですとかを音声で答えて返すくらいのことは、できますから。何も人間にとって代わっちゃうんじゃなくて、お手伝いさんロボット的なものは、十分実用になる。

藤森 そうですね。

坂村 LIXILも真面目に商品化しようって「家事ロボット部」とか作るんでしたら、いつでも協力しますよ(笑)。
決断なんですよ。誰かがどこかで「やろう」って決断をするかしないかで隨分違ってくる。日本の会社で問題だと思ってるのは、いろいろ基礎技術は持ってるし蓄積した技術は持ってるんだけど、決断しないから出遅れちゃうんですよね。
検索エンジンの研究だって、日本でもNTTが研究所でインターネット出始めたときからやってたんです。じゃなんで駄目だったのって言ったら、インターネットがまだ普及してないころに、一番最初に検索してみろってやったら、AV関係のものがばんばん出てきて……。

藤森 (笑)

坂村 そりゃ出るに決まってますよ。インターネットもどうして流行したかと言ったら、そっち系統の需要が後押ししたのですよ。光ディスクも、ビデオも情報技術のスタートアップ時ではそっち系統の力は重要というのは残念ながら真実です。ところがコンサバティブな会社のトップだと、こんなものがウチの会社のロゴのページに出てくるのかと驚いた(笑)。まあ、もっと切実な話としては、検索エンジンのもつ知的所有権関係のグレーさに腰が引けたということもあるそうです。アメリカはどういうことになってるかというと、やってもめたら裁判。で、事例ベースで判断して、こういう目的ならOKというようにセイフハーバーを決めて、先に進む。まず、やっちゃうんですよ、向こうは。

藤森 やっちゃうんですよね。

坂村 やらなかったことの遅れはすごい。いまのネットの社会は増幅度がものすごく大きいので、同じような技術を持ってて後からやろうとしても、ある程度のマーケット獲られちゃうと、やりようがなくなっちゃうんですよね。

藤森 なるほど。

坂村 ところがITってのは階段状に上がりますから、IoTはいま“元年”なんで、チャンスなんですよ。いま決断すれば間に合うんだけど、これ数年経ったらもう……。僕も関係してるんだけど、1月1日の日本経済新聞で「今年はIoT元年だ」って言ってから、各社も「IoTが重要だ」って言い始めてますよね。IoT、IoTって毎日言って、新聞にIoTって書いてない日がなくなるくらいになると、みんなエンジンかかってやりはじめますから。

藤森 じゃあIoTハウスですね。

坂村 もちろん!そのときに重要なのがアクセスコントロール――つまり誰が、誰の権限でコントロールするのかなんですが、そういうところが日本は弱いです。単純な他人に使わせないというセキュリティではなくて、どういう状況なら誰が何をしていいといった、細かなアクセス管理です。
東日本大震災のときにおこったのですが、住民の行政地図とは違う東電独自の配電地図に基づいて送電を切ったから、同じ区なのに隣はついててこっちは消えるなんてことがあったわけですよね。消し方も乱暴で、その配電区域を全部切っちゃった。対策として停電予報とかいうスマホのアプリができたんですけど、たとえばこの家は二階に病人が寝ているのだから、他は切っても良いけど、病人の部屋の心臓モニター装置だけは切らないでくれ、っていうようなことが言えなかったわけですよね。だから病院なんかは自家発電機を動かしたんですね。そういうのを、アクセスコントロール、誰が誰の権限で切るかというメカニズムで、どうでもいいところは切っちゃって良いんだけど、ここだけは止めないで、といったポリシーベースの管理が、いまだったらコンピュータが入ってればできますから。

藤森 スマートグリッドはまさにそのとおりですよ。3.11のときに、スマートメータが入っていたら、家の中がまだわからないところがあったんですけれども、たとえば、どこの家を何時から何時まで消す、と家ごとにできたわけですよね。いまはグリッド全体を全部止めちゃうわけで、その中に病院があったりして大変なことになってしまう。でも、スマートメータだと病院はつけてよろしい、隣の団地は、夜の10時から朝の6時までは消しましょう、とか、そういうコントロールできるわけですよね。

坂村 そう。僕はもう一歩進めて、病人が寝ていると認定されている部屋は消さないでができるようにしたい。

藤森 それがビッグデータの使い方次第で実現できるんです。それをサービスビジネスとすれば良いわけですよ。

坂村 私、東京メトロで、電車の運行情報を完全オープンにして、電車がいまいる場所のリアルタイムな情報を出してオープンデータコンテストをやろうと言ったんです。そしたら最初は、テロリストが使ったらどうするのって言われたんです。でもテロを起こすなら、前後の駅に手下を配置して連絡とかさせるし、そもそも日本の電車は正確だから、どこにいるかは時刻表見ればだいたいわかると言ったんですよ。電車の位置のデータがありがたいのはトラブルが起こった後で、テロはそれを起こす側ですからね。
大体、オープンにしてないほうが危ない。映画の「ダイ・ハード」観ればわかりますが、ビルでも飛行場でもテロリストはまず監視センターを襲うんですから。そこを襲っちゃうと、監視カメラも意味がなくなる。そこでしか見えないところが襲われてしまう訳ですから。だけどもしいろいろなデータがオープンに出ていたら、なんか変なことが起こっているかはだれかが見つける可能性が高まる。世界に暇な人はたくさんいるので――それこそアプリからわかったりしますから、逆にセキュリティ上から言ったら、状況データを公開した方がいいんですよ(笑)。外から様子がわかる家の方が泥棒も入らないといいますよね。泥棒は電気ついてる明るい家よりも、暗いところに行くともよく言われます。明るいところは見えちゃうんですね。

藤森 まったくですね(笑)いや本当に面白い話で。

坂村 どうもありがとうございました。IoT時代に向けて、住宅設備はキーパーツですから、ぜひがんばっていただきたいと思います。

藤森 ありがとうございます。

TRONWARE VOL.152より再録