TRONプロジェクト30周年特別対談

中西 宏明 氏
株式会社 日立製作所 代表執行役 執行役会長兼CEO
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坂村 健
TRONプロジェクトリーダー

坂村 今でこそ、LinuxやスマホのAndroidとかで、オープンでロイヤリティを取らないOSという考え方が広く認知されてきましたが、TRONプロジェクトを始めた84年は、そういうことになかなか理解がなかったころです。日立製作所にまず感謝しないといけないのは、その時代から30年にわたりこのプロジェクトに対して多大なご援助をいただけたことで、本当にありがとうございます。今はルネサスエレクトロニクスという別会社になってしまいましたが――日立製作所の元の半導体事業部の歴代の方々にいろいろお世話になりまして、感謝しております。会社の形態も社会もあらゆるものが変わりましたが、TRONは今でも日立さんの家電や産業機器、そういうものの中にたくさん使われています。日本では大体6割くらいのシェアを取っています。日立製作所さんにはインターネットがなかったころに、NTTのCTRONという通信機器もやっていただきました。生き延びたのは産業制御用のITRONのほうなんですけれども。
日本のコンピュータプロジェクトが世界でデファクトになれることはなかなか少ないのですが、その少ないものの中のひとつになれたのではないかと自負しております。

中西 私もそう思っています。

坂村 また最近ではユビキタスコンピューティングやIoT(Internet of Things)の研究開発が盛んになりまして、uIDアーキテクチャというIoTのためのアーキテクチャに力を入れてやっています。
ということで、TRONに関わることから最近の日立製作所のお話まで、お話しいただきたいと思います。

中西 私どもの事業の1番ベースになる基本的なストラクチャを「ITと制御」と位置づけています。随分事業の変遷をやってきたのですが、いわゆるコモディティ化で大量に物を作ってということが得意技ではなくなったので、ソーシャルイノベーションビジネスと位置づけているのですけど、すごく高い技術をうまく組み合わせて、社会のインフラを作るとか高度な医療に発展させるとか、そういうことを展開していく上で一番ベースになる基盤として、「ITと制御」を位置づけているんです。それは今おっしゃられたInternet of Thingsやインダストリー4.0やインダストリアル・インターネットとか、そういう動きと完全に同期している話だと思いますし、それが1番日本の得意技ではないかとも思っています。そういう意味で、ITRONが築いたベースは、私たちの事業の1番ベースのところで脈々として生きています。

坂村 ありがとうございます(笑)。

中西 半導体は手放しましたが…ゲームのモデルが全部変わってしまいましたので割り切りましたけれども、半導体もエレクトロニクスの一番の基盤として、あらゆる産業に重要なベースになると思っています。ただ、全部自分のところで作るというのもあり得なくなってきて。
そういう意味ではオープンな世界で一般公開できるアーキテクチャをごりごり作られた先生の先駆的な動きというのは大変重要だと今でも思っております。

坂村 うれしいお話です。

中西 私自身、個人的なバックラウンドは、コンピュータでして、84年、85年頃は先生の活動に顔を出しておりました(笑)。

坂村 ありがとうございます。
数十年のレンジで見ると、最初のコンピュータの世界はクローズモデルで、大型コンピュータもずっとクローズだったのが、90年代にインターネットが全世界のインフラになって一挙に世の中がオープンアーキテクチャの方向になりましたね。

中西 コミュニケーションツールとしてのインターネットを含めた、あらゆる基盤がものすごく変わってしまいましたね。それがまたいろんなことを牽引しているのだと思います。

坂村 あらゆるものがマッシュアップというか、ネットにつながって、全部ひとりで抱え込むのではなくて、ネットの世界でつながって、お互いにコラボレーション、インコーポレーションして、ひとつのシステムを作っていく。世界中がそういう考え方に変わってきました。

中西 その動きは非常に早いと思います。

坂村 そうなるとインフラとかプロトコルとかの重要性もぐっと高まってきまして、しかもいろいろな人たちをつなげるときに、技術情報はオープンな公開されているものを使っていかないと、どこかひとつでもブラックボックスがあると困る。全部わかるようになってないと不安だと。

中西 私どもはメーカーですから、何かトラブルが起こったとき、物理的な故障だけではなくバグもですが、全部自分たちが見られることが重要なんです。それだけの社会的なコミットメントをしてるんですね、われわれの事業というものは。

坂村 そうですね。日立製作所さんがすごい会社だなと思うのは、今は選択と集中のお考えのようですが、ピークのときは全てをおやりになっていたから、すごいなと。

中西 それがあまり正しくなかったんですけどね(笑)。

坂村 日本も絶好調のときだったと思うんですが、ひとつのシーンとして見たときに、あのときはあのときで正しかったと思うのですけど。

中西 日本の高度成長期というのは、あの速度でテクノロジーを駆使して、20年くらいの間に一挙に上り詰めたという、過去の歴史でも少ないできごとですよね。

坂村 そうですね。それと、今は全部やらなくなって、どこか他のところから買うにしても、1度も手を出していないものに対して評価するのは難しいですものね(笑)。

中西 それに今では、1番典型的な都市づくりですと、昔は100万人が住む都会というのは50年100年かけて作ってきたんですよ。ところが今の新興国の新しい都市づくりは、速度がすごく速くて10年20年で100万都市ができてしまう。これが持ついろんな矛盾点があって、日本も公害の問題とかを順番に解決してきましたが、新興国ではそれをいっぺんに短時間でやるわけですから、全部うまくハーモナイズして進めないといけない。電気も水も交通も。それから教育だとかヘルスケア。そういうことをうまく協調をとる仕掛けが、全てインテリジェント化して、つないでバランスをとって、データベースの中で計画を立てた順番で作っていく。従ってひとつひとつのものというよりも、いっぺんに大きなものをうわーっとシステム化して作っていくニーズが非常に強くなってきたと思うんです。

坂村 そうなるとますますそれぞれの個別のシステムをつなぐところが大事になる。私はそこに力を入れてやろうと思っていまして、それぞれのパーツがうまく連携がとれるようにしたい。発展途上国において人口増加に対して都市をどう変えていくかとか、また先進諸国に関しては少子高齢化に対してどう対処するのかとか、都市という大きなシステムが抱える問題はたくさんある。情報システムも、昔はコンピュータを動かすだけでも大変だったのが、今やコンピュータそのものは水と空気みたいになってきて、本質はコンピュータを動かすことよりも社会のシステムを動かすことだと。社会を動かすことになって、要求からの見方が重要になっていく。情報システムを駆使して、上位からの要求にいかに応えられるかですね。

中西 最初の情報システムは事務処理的な形で扱うものだけだったわけですが、先生がおっしゃられた展開になると、機械とか仕組みとか社会そのものをうまく制御し、うまく統合して社会空間、生活空間を作っていくという話になりますので、接続性の範囲はもっと大きくなっていくんじゃないかと思います。

坂村 そうですね。TRONも最初組込みから始まったんですけれども、だんだんIoTとか、インダストリアル・インターネットみたいな応用に行き始めました。でもそれを末端で支えるのが組込みですから(笑)。

中西 組込みがないとIoTにいかないですよね(笑)。それはおっしゃるとおりだと思います。

坂村 ちょっと話が変わるんですけど、日本や欧州などのマーケットは、ある意味安定期に入ってきています。
発展途上国ですとどんどん成長ということになるかもしれないけど、ある程度成熟した国ではダイナミックな成長というよりは持続継続的な成長が重要なのであって、今の売上げが十倍になんてなるわけがない。そうなったとき、逆に余裕も出てきて、もう少し世界に向けて、必要とされている技術もあるので、もちろん経済的な対価もいただきながら、日本の会社や日本人が世界の役に立ちたいというような考えもでてきています。日立さんも最近アジアで電車を作るとか発電所を作るとか、たくさんおやりになってます。

中西 はい、アジアは非常に重要なマーケットです。特に今人口が爆発的に増えている国のインフラづくりはすごいニーズです。ただ商売をしていく上での難しさというのは、やっぱり向こう側にお金がないんですよね、発展途上ですから。だから単純に売り込むんじゃなくて、民間のお金を集めてファイナンスをプランニングしたり、それと同時に産業を起こしていくとか、そういうことを総合的にやっていかないと本当の意味で感謝されない。

坂村 そしてファイナンスである以上、向こうが経済的に成長してくれないと、投資回収ができなくなるという(笑)。言い方が難しいのだけど。単に何か作って売っておしまいではなく、それで成長してくれないと困るんですね。マーケットがある程度できあがってくれば、自然とそれが還流してくる。

中西 はい。それから特色のある発展をしようとしている国が出てきています。たとえばインドではソフトの世界ではパワーがあります。パワーエレクトロニクスのエンジニアというのは日本ではものすごく不足しているんですが、インドでは志願者がいっぱいいる。優秀な学生を集める活動を始めますと、大変いきいきと動いていて、日本から持っていったテクノロジーをさらに膨らませて、われわれと一緒に製品開発をして世界に売っていこうと。そういう仕掛けになっていきますよね。

坂村 日本が抱えている技術をどうやって世界に広げるか、ただ単に広げるだけでなくて、相手の力も活かして、どうやって協力して互いに歩んで成長をしていくかがキーになると。

中西 そうです。それを一生懸命やっています(笑)。輸出モデルではないんです。フルバリューチェーンをマルチナショナルで展開していく、という言い方をしています。

坂村 なるほど。日立製作所さんの国内と海外のマーケット比率はどのくらいになっていますか?

英国IEP向け車両(CG)

中西 海外の売上が45%です。多分あと数年のうちに50%を超えると思います。

坂村 これはここ数年で急激に成長したんですか。

中西 いや、単純に売上だけを比較すると、半導体をわーっとやっていた頃はもっと高かったですから(笑)。

坂村 あ、そうなっちゃうんだ。

中西 そうです。だから必ずしも今の45%が高いかというとそうでもないです。

坂村 なるほどね。私もここ何十年の間、世界各国に行くことが多いのですが、どこ行っても日立製作所さんとそのグループをお見かけすることも多いんですけども(笑)、世界どのくらいの国に出られているのですか?

中西 行っていない国はほとんどないと思いますよ。

坂村 じゃあ南米のほうもそうだし、アフリカのほうにも?

中西 はい。もちろん濃い薄いはありますよ。私どものビジネスの中で、海外で一番大きいのは中国です。
中国もついこの間まではエレクトロニクスの商売だったんですけど、今は違うんです。エレベーター、エスカレーター、建設機械、その周辺の都市づくりとか、銀行のシステムとか、大きいマーケットです。

坂村 政治的な問題もあるかもしれないけど、経済的には無視はできないという。

中西 非常に重要なマーケットですし、中国にとっても日本はいなくなっては困る重要な国だと思いますよ。

坂村 中国はコンペティタ(競合企業)が多いんじゃないですか?

中西 もちろんそんな簡単なマーケットだとは思いません。

水再生プラント(UAEドバイ)

坂村 でも成功なさっている。

中西 はい、売上げの12%が中国ですから。

坂村 今、ASEANはどうなんですか?

中西 ASEANは10%行かないですね、まだ。でも一生懸命伸ばしています。

坂村 成長の度合いは凄いですよね。ミャンマーみたいに突然マーケットが開かれるとか、パターンが違うというか。

中西 中国とは同じではないと思います。古い伝統や歴史のある国もありますし。

坂村 ひとつひとつきめ細かく見ていかないと、外国ってひと言では言えないですよね。

中西 おっしゃるとおりです。それぞれ違うんだから、国ごとに戦略が必要になるんです。何を中心にやっていくかという意味でいくと家電品って大事なんですよ。
テレビとかパソコンとかっていうエレクトロニクス系は、もう韓国中国台湾にやられちゃいましたけど、たとえばクーラーみたいな。

坂村 わかります。だってパソコン買う前にまず冷蔵庫欲しいですもんね(笑)。

中西 省エネ性能が良くて、彼らの生活に密着した家電品で入っていって、日立はそういうことやってるよねというところから、もうちょっと重いインフラ系のものも親しみを持ってもらう。

坂村 身近なものをきっかけにするというのは大事なことですよね。

中西 特にASEANは生活水準が上がってきて、もう空調と冷蔵庫がないと……あれを一旦使い始めると、もうそれなしでは生活が成り立たないじゃないですか。

坂村 海外戦略に関しては総務省のICT国際競争力強化・国際展開懇談会ワーキンググループの長をやらせていただいていて、そのとき何回も申し上げたのが、海外と日本というアバウトじゃいけないんだと。もっときめ細かくやらなきゃダメだし、どうしても政治の問題も出てくるから、民間だけで勝手にやってくれではなくて、共同でやらないといけない。第一アメリカも中国も、どこだって、世界に出ていくときに政府がまるで助けないところはない。そういう話をしたらまったくそのとおりだという話になりました。前の新藤大臣のときに始まりましたが、新しい高市大臣も海外展開が重要だと考えていらっしゃる。

中西 今の内閣は皆さんそう思ってらっしゃると思いますよ。私どもがインフラ系のお仕事をさせていただくと、相手がどういうファイナンスをするにしろ、政府が必ず決定権を持っているんです。

坂村 そうなるとカウンターパートとして日本の政府が来てくれないとやりようがないですね。

中西 おっしゃるとおりです。皆さんに本当に助けていただいてまして、大使館も大使公邸でイベントをやってもいいとおっしゃっていただきますしね。それから各国の大臣とのミーティングなんかも行く前と行った後で、経済産業省とか国土交通省とかお話しておくとちゃんと後フォローされてますので。

坂村 昔だとアメリカ大使館でスーパーコンピュータの商談会をやっていたときがあって、なんで日本は大使館で商談できないの?と何回も言われました。やっと最近そういうことができそうになってきた。
最近の話といえば2020年の東京オリンピック/パラリンピック。ただ単に未来と言ってもなかなかできないので、区切りをつけるのにオリンピック/パラリンピックは良い機会だと思っていますが、そのときに合わせて交通関係の方たちと公共交通オープンデータ研究会というのをやっています。首都圏に乗り入れている鉄道会社、航空会社、空港ビルディングの方とかに入っていただいて動的交通データなどの情報を全部オープンにしてくれと。最近ではIT関係の会社の方も一緒に入っていただきオープンになったデータをどう利用したらいいかを考えてるんです。日立製作所さんにも入っていただく予定で、ありがとうございます。

中西 いやいや、それもともとうちの得意技なんですよ。

坂村 JRさんとも共同研究していますが、やっぱりJRだけではなく、私鉄とかバスとかを連携させる必要があるということで、全部入ってもらおうと私が会長になって研究会を始めたんです。でもなかなか大変なんですよ(笑)。それで今50社くらいですね。国土交通省と総務省と内閣府と東京都にオブザーバになっていただいて、民間主導で一生懸命やっています。
それとあわせて、総務省が内閣官房と一緒にやっていたオープンデータを、政府主体でやるよりは、政府はオブザーバに徹して、民間会社が主体でやったほうがいいんじゃないかということになりまして、三菱総研や日立製作所さんにも入っていただいた一般社団法人オープン&ビッグデータ活用・地方創生推進機構の理事長に就任いたしました。

中西 先生も大変ですね(笑)。

坂村 NTTの篠原副社長に理事長代行になっていただいていますので実務はおまかせですが……(笑)。
最後に、今後のTRONプロジェクトにアドバイスいただけたら。

中西 ここまで社会の仕組み化が進んできたので、必ず裏と表の関係で、セキュリティが非常に重要になってくると。いろんな技術を積み重ねてプロテクトはしているんですけれども、しかしこれは常にいたちごっこというか。たとえば重要なインフラを悪意で止めようと思うと、ネットワークでつながっていますからできてしまうんですよね。

坂村 わかります。社会の崩壊につながりますよね。今コンピュータとネットワークがないとインフラも動かなくなってしまっているから。

中西 そうです。そういうことが特にオリンピックやパラリンピックなどの大きなターゲットに絞られると、緊急な課題になってくると思います。TRONの持っているオープン性をむしろ逆に使ってしっかり守れるような仕組みにもぜひご配慮いただきたいし、われわれもご一緒させていただきたいと思います。

坂村 ありがとうございます。
世の中では、オープンソース系で皆で見るほうが信頼性が高いというのも言われています。どんなシステムにもやっぱりセキュリティホールとかバグも付いてきますよね。それをクローズにして誰かが全部責任をもって見るといっても、なかなかひとりの人間、ひとつの組織では限界が来ます。皆のインフラですから……。

中西 そういう意味で、もう公共財ですよ。

坂村 そうそう(笑)。30年経ちましたけど、まだ続けていきますので、今後ともぜひよろしくお願いいたします。

中西 こちらこそよろしくお願いいたします。

坂村 今日は本当にありがとうございました。

TRONWARE VOL.150より再録